白神山地の特徴
何が世界自然遺産に登録されたのか
白神山地は1993年にUNESCOの世界自然遺産として登録されました。登録に先立ちIUCNは白神山地の普遍的な価値として、東アジア最大級を誇る原生に近いブナの森を評価しています。ブナは東日本では一般的な樹種であり、かつて日本海側を中心に広く分布していたと考えられています。しかし、ほとんどの場所では伐採されたり、残っていても小規模か、あるいは二次林として現存しています。このような中、特に白神山地の遺産地域内では広大でかつ連続した原生的なブナの森が存在しているのです。
原生的なブナ林が存在している意味とは
連続した原生的なブナ林が存在しているということはどのような事でしょうか。ブナ林は東アジアにおける冷温帯を代表する極相林の1つであり、そこにはブナ林を基調とする森林生態系が存在しています。つまり白神山地は、森林生態系が人為的な影響をほとんど受けていない本来の姿を観察することができる数少ない貴重な場所ということになります。
白神山地の今
「白神山地」世界自然遺産が登録されてから20年目を迎える2013年。今、白神山地はどのような状況に置かれているのでしょうか。かつての自然は維持されているのでしょうか。
この問いに対する答えは非常に難しいものです。なぜなら、かつて白神山地がどうであったのか、今どうなのかが十分に把握できていないからです。少なくとも世界遺産地域内ではこの20年間、自然環境を大きく脅かすほどの顕著な変化は確認されていません。しかし、例えば徐々に進行しているような事象に対して我々が把握できていない可能性は全く否定できません。私達は将来を見据えて白神山地の今を捉え、どのように変化していくのかを注意深く見守ることができる仕組み作りが必要だと考えています。
白神山地のこれから
地球温暖化問題は、全世界規模で憂慮すべき大きな問題です。白神山地でもその影響を強く受けるかもしれません。松井ら(2004)は、今後の地球温暖化によってブナの生育適地がどのように変化するのかをシュミレーションし解析しました。その結果、場合によってはわずか100年以内に白神山地内のブナ生育適地がほぼ失われる可能性を示しました。予測通り、ブナ林が変化していくのかどうかはわかりませんが、ブナ林やそこに生育する生き物達を観察記録し、起こりうる変化を捉える必要があるでしょう。
また、予測される問題としてニホンジカの分布拡大問題があります。現在白神山地にはニホンジカは分布していません。しかし、ニホンジカは日本各地で分布拡大を続けており、白神山地に侵入する可能性は否定できません。エゾジカ(北海道)・ニホンジカの食害の影響によって日本各地では森林植生が壊滅的なダメージを受けており、白神山地では侵入前から様々な対策を議論していく必要があるでしょう。
研究対象としての白神山地
ブナの森を中心とした森林生態系
前記にあるように白神山地では、直接的な人為的影響をほとんど受けていない森林生態系が存在します。生態系とは、その場所に生育する生物そのものとその生物間の関係、生物と環境の関係、また物理的な環境(土壌や河川など)そのそのものを指します。白神山地はこの生態系が評価対象であり、つまりその空間すべてが世界的にみても価値があるということになります。
私達は白神山地を遺産地域内のみならず1つの山塊として捉えており、その周辺部も研究対象として考えています。なぜなら生物は自由に移動し、水は河川を主な経路とし循環し連続的に繋がっているからです。幅広く白神山地を捉えることが大切です。
森林を利用した文化
白神山地では、マタギと呼ばれる狩猟集団が活動していました。彼らは独自の文化を持ち、厳しい白神山地の自然と対峙してきました。またマタギに限らず、かつて山里では山の恵みを受けて人々が暮らしており、同じく自然をうまく利用した文化がありました。現在、それを知る人、受け継ぐ人は僅かしかおらず、このままではいづれ失われてしまうかもしれません。このような文化を記録・集約し後世に伝えることは大変意味深い事だと思います。